Simone Elise
サマー
私の兄、スコープは強い男だった。自分の言葉に誇りを持ち、拳一発で誰でも倒せることを誇りとしている男。スコープは手を出してはいけない人物だった。打ちのめされても、より強く立ち上がる。
それが兄の信念であり、私も同じ信念に生きてきた。私たちは一文無しだったが、約束を守り、それを行動に移すことは必ずしてきた。
私が8歳のときに、スコープは私を引き取り、力強い支えとなった。しかし、私が18歳になると、ヴァイパーズ・モーターサイクル・クラブに戻ったーー兄が唯一知ってる世界に。
兄は私を育てるためにクラブに背を向けてきた。2人でこの国に戻り、私が自立できる年齢になると、すぐにヴァイパーズ・モーターサイクル・クラブに戻った。兄はクラブのために、私を捨てたわけではない。
私が一線を引いたんだ。
私は兄に迫ったーークラブか私を選べ、と。
言うまでもないが、今ではほとんど口をきかない。兄は私より犯罪者としての人生を選んだ。この記憶は今でも胃をむかむかさせる。クラブであんな目に遭わされたのに、またクラブに戻った。
それがバイカーというものなんだろう。あいつらは自分の血縁者よりも、同じワッペンをつけた赤の他人に忠誠を誓う。
今朝の会話後、悪魔と手を組むのを思いとどまるように説得しようとスコープに電話した。若いころのコルト・ハドソンのことはなんとなく覚えていたが、最近の釈放に関する記事を見る限り、この男に味方すれば確実に死に至るだろう。
何度かけても留守電だった。私はベッドから飛び起き、兄に会いに行くしかなかった。
スコープの家の前に車を停めたときには、土砂降りの雨だった。私は鏡を開けて、家を出る前に塗った厚塗りのファンデーションをチェックした。もし兄が私のできたてのあざを見たらショックを受けるだろう。エリオットに何をしでかすかもわからない怖さもあった。
顔色に異常がないことを確認すると、私は助手席から財布を取り出し、車のドアを開け、土砂降りの中、スコープの家に向かって駆け出した。
スコープの玄関のドアを叩き、呼び鈴を鳴らし続けたが、返事はなかった。スコープがまだ合い鍵を隠し持っていることを祈りながら、ドアマットを持ち上げた。良かった、まだあった。
ドアの鍵を開け、暗い家の古くて暖かい空気の中に足を踏み入れた。雑草の匂い、男の匂い、そして家の匂い。私たち2人は私が8歳になるまでこの家で暮らした。スコープはいつもこの家に奇妙な愛着を持っていた。
「スコープ?」
誰の返事もなかった。しまった。遅かった。今朝のように弱音を吐く兄は、らしくなかった。
その時、リビングルームの暗闇の中で、火のついたタバコの燃えかすが光っていたのが見えた。フードをかぶった人物がそこに座っていた。背が高く、暗く、威嚇的だった。外の嵐でずぶ濡れの私をじっと見つめていた。
「やつはどこだ?」
私は身体がこわばり、気が狂いそうになった。この見知らぬ男は誰なのか? 何が目的なのか。
「スコープはどこだ?」
「…家にはいないと思う」すると男が立ち上がり、フードを後ろに押し下げて顔を見せた。
危ない人間は見た目で分かるというが、男が革ジャンを脱ぐのを見ながら、私の眼の前にいるのはまさに危険人物だとすぐにわかった。
濡れた黒髪の束が、濃い煙のようなブルーの目の前に垂れ下がっていた。大きな手の甲には青白い傷跡が並んでいる。タトゥーはむき出しの筋肉質の腕に細かく刻まれ、ベストの襟の下に消えていた。ベストの襟には兄の胸のタトゥーと同じものが彫られていた。私が6歳のときに兄の胸に掘られてるのを見たものだった。
しまった、いったい誰が兄の家に?
私はキッチンに目をやり、武器になりそうなものを探した。
「やめたほうがいいな、俺のタトゥーを見ただろう。わかってるよな」
バイカーたち、ああ、あいつらのことはよくわかっている。
男の目が上から下まで私をなぞった。ゆっくりと。長い髪から、細い脚から、銀色のヒールまで。雨のおかげでドレスは見事に透けていた。だが男は遠慮の素振りもなく、目をそらさなかった。男の視線が長々と私の胸元に注がれた。
男はポケットから湿ったタバコの箱を取り出した。一本取り出し、火をつけ、長く吸った。私の体中に悪寒が広がった。
私は馬鹿じゃなかった。男がじっと見つめていた理由はわかっていた。ブラジャーを着けていなかったからだ。
「スコープに言っておこうか、あんたが来たって?」私は彼の注意を引こうと話しかけたが、男が私の目をまっすぐ見て来たので驚いた。
「あいつの女か?」男の言葉は歯切れが悪く、簡潔だった。口調か苛立ちを感じた。
あいつの女。すべての女が男に従うものだと考えてる典型的なバイカー。嫌悪の波が私の体を駆け巡った。
スコープと私が仲たがいしたのはクラブのせいだったからこそ、私はクラブが大嫌いだった。この男と家に2人きりでいる状況で、そんな素振りを見せるわけにもいかない。でも、奴のような男たちは他のメンバーの女には危害を加えないということもわかっていた。
「そんな感じ」 私は今、スコープを守ることが最優先だと感じていた。そしてもし私がスコープの女だと言って、この男が私をそういう目で見ないようになるのなら、兄の名前を使ってもかまわないと思った。
実際、スコープはとても影響力があったのだ。
「まあ... 」男は私の上に身を乗り出し、背の高さを利用して私を威嚇した。
「あいつの女でいたいなら、その服を脱がす前に着替えてこい」
「透けてるぞ、一応言っておくけどな」
男の口からこの言葉が出た瞬間、奴に対する評価は決定的なものとなった。自分にはそんなことをする権利があると考える典型的な支配的で自己主張の強いオスだ。
男はまるで檻の中にいて、私がそばにいることを許された最初の女であるかのように振る舞っていた。
奴の機嫌を損ねないように、エリオットが経営するストリップ・クラブに誘うべきかもしれない。
私は抑えきれず、腕を組み、男に睨みを効かせた。「あんたのシャツも透けてるけど、何なのよ」
私は男の横を通り過ぎようとしたが、奴は腕で私の行く手を阻んだ。
「お前はクラブのものじゃないだろ」
もう一度、クラブの話を持ち出せば、男に傷つけられることはないだろうと思った。この男の目には殺傷能力があった。
「私はクラブのおかげで生きているわ」それは本当だった。私が若かった頃、スコープと私はクラブのおかげで出国できた。どうやって服役を免れたかは、今でも秘密にしている。
「腕をどけてよ !」男に触れたくなかった。「今すぐ」
「そうしないとどうなる?」と男は挑発した。
いい加減にして! 私はもう、男からいちいち嫌味を言われるような女ではいられない。この見知らぬ男は、なぜ実の兄の家で私に質問する権利があると思ったのだろう?
「どけて、さもないと殺すわよ」と私は歯を食いしばった。
今まさに、兄は正しく、私は間違っているという完璧な例だった。なぜなら、兄がいつも私に言うように、私は武器を持っていなかったからだ。
「その反応から察するに、俺が誰だか知ってんだろう?」男は私を見た。
そう、私は男が誰なのかよく知っていた。奴もまた、自分が誰よりもすべてを知っていると思い込んでいるバイカーの一人だった。
私は首を傾げて男を観察し、沈黙の力を使って次の行動を分からせないようにした。
「本当はここに何しに来たんだ、おちびちゃん?」
「あんたには関係ない」
「スコープの女だろ、奴はどこにいるんだ?」
「スコープの女じゃないわよ」 私は悔しくて言葉を詰まらせた。「妹よ」
女性をものとしか見ていない男とこれ以上一緒に居たくもなかった。私はこう付け加えた。「スコープにメッセージしてみる?」
男はうなづき、私はスコープの番号を出した。家に見知らぬ男がいることを伝えるメッセージに兄が気づくことを願った。
自分の立ち位置と言われると、目が潤んできて、すぐに涙を瞬きでごまかした。泣いている場合ではなかった。
男の歪んだ表情からすると、瞬きのスピードが足りなかったようだ。
「大丈夫か?」その言葉は、まるで今まで誰にも言ったことがないような、居心地の悪そうなものだった。
「クラブハウスにいると思う」
「兄貴に何か言うことねえのか?」男はジャケットに袖を通した。
私は唇が不機嫌に歪むのを止められなかった。「スコープは私なんかより、あんたの兄弟だとはっきり言っているわよ」
「少なくとも奴は自分の立ち位置を知っているからな」その言葉に、私は一瞬固まった。兄が私に向けた言葉をまるで聞いてたように、男はその言葉を発した。
「地獄に落ちろ」と私は吐き捨てた。何様のつもりだ。
男の顔に生意気な笑みが広がった。「ちょうど出所してきたばかりだ」
パズルのピースが所定の位置に収まったとき、息が詰まる感覚がした。「あんた、まさかあんたが…」稲妻が空を走り、首の後ろの毛が逆立った。
邪悪な光が男の顔を照らした。「コルト・ハドソン。俺が悪魔だよ」
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