Natalie Roche
ジェイミー
丸一日、メイソンにこき使われた。
父親にではなく、息子の方に。
あの一件以来ずっとそうだ。おかげでてんてこまいだ。これが彼なりの罰なのだ。
彼があの出来事を根に持っていたのは明らかだったし、私も彼にそれほど気はなかった。
個人秘書?これじゃ奴隷だ。
すると、メイソンの父ハリーが私のデスクに近づき、優しく笑みを浮かべた。
「大丈夫かい、ジェイミー?すこしピリピリしてるみたいだけど。」
「大丈夫です、ナイトさん。ただ今日は忙しくて」
「ナイトさんだなんて。ハリーでいいよ。」
私は微笑み返した。親子でこんなに違うなんて......。
「ジェイミー!」メイソンがオフィスの向こうで呼んだ。噂をすればだ。「私とお客様用にコーヒーを2つ頼む。急いでくれ!」
うんざりしそうだったが、ハリーがいる手前ここはぐっとこらえることにする。
「本当に大丈夫かい?」ハリーはオフィスの両端から発せられる緊張感を察してか私とメイソンの間を見て尋ねた。
「ええ、全然大丈夫です。何か御用があればぜひ。」
「いや、いいんだ。ありがとう。」ハリーはそう言って微笑むと彼の息子に顔をしかめつつ自分のオフィスへと歩いて行った。父親はあんなに魅力的な上司だというのにその息子ときたら…
「ジェイミー!コーヒーはどこだ?」
結局その日は休まる暇もなかった。私は自分の仕事をこなそうとしたが、メイソンは私にやるべきことをどんどん押し付けてきた。時間はあっという間に過ぎ、気がつくと一日が終わっていた。
しかし、私の一日はまだ終わっていない。
私はまだ仕事に追われていた。
デスクの上の携帯が鳴った。イーサンからだった。
「何時くらいに着きそう?」
「たぶん30分くらいかな?遅れるかもって言ってなかったっけ…」
「もうカルメンも来てるしジェイミーの飲み物も注文しちゃったよ。今から急いで来て!」
ーせっかちがすぎるー
「なるべく早く行くから。」
「急かさないの!例の上司にぞっこんなんだから。」電話口の向こうでカルメンの声が聞こえる。
「そんなわけないでしょ!」まだ報告書のチェックがいくつか残っていた。コンマの位置一つとってもミスがあろうものならメイソンから大目玉を食らうのは間違いない。
「はやく来てくれ頼むよ。カルメンのやつ一杯しか飲んでないのにもうダル絡みしてきてしょうがないんだ。」
仕方なさそうに笑うイーサンの背後からカルメンの陽気な声が聞こえてきた。二人とももう出来上がっているみたいだ。
「オッケー、すぐ行くから。本当に今日は一番大変な日だったんだから。次から次に仕事が…」
突然、私の会話は背後からの咳払いに遮られた。
ーしまったー
振り向くと苛立ちをあらわにメイソンが腕組みをして立っていた。
私は心臓がバクバクし、頬が熱くなるのを感じた。
「ごめんちょっと電話切るね。またあとで。」
イーサンが返事をする間もなく私は電話を切った。私は何を言えばいいのか、何をすればいいのかわからず、震える足で立っていた。
「何かご用でしょうか、ミスターナイト?」
彼はしばらくの間、私を睨みつけた。
「もう少し残業してくれ、ジェイミー。月曜の朝までにやっておかなければならないことがあるんだ。」
「でも...私..」.
「でも何だ?もう仕事をクビになるつもりか?一日に二度も私の不興を買うようなマネはするなよ、ジェイミー。」
はあ。終わらない残業。
でも仕事をやめるわけにはいかない。そんなことは承知の上で私に嫌がらせをしているのだ。
「わかりました。大丈夫です。」
彼は私に小さなバインダーを渡した。
「50部刷っておいてくれ。面会のセッティングもあるからなるべくはやく頼む。」
私は余裕のなさを悟られまいと笑顔で返した。
ー頑張れ、私。ー
1時間後、私は書類の束を腕に抱えてオフィスを横切った。
書類の山を抱え、今日こそは彼の機嫌を損ねまいと思いながら、メイソンのオフィスのドアをノックした。
「入れ!」
私がファイルの山を持っていることを知っているのに、彼は立ち上がってドアを開けてくれることもしない。
私は取っ手をいじってやっとの思いでドアを開け、お尻でドアを抑えると彼のオフィスに入った。
私は汗だくになりながら、振り返って彼の方に歩いていった。
「大分懲りたようだな。」そう言う彼の顔はうすら笑いを浮かべていた。そして椅子の前に身を乗り出すと「命拾いしたな。」と言葉を放った。
「同じミスは繰り返さないタイプなので。」私は彼の前にファイルを置いた。「念のため、55部コピーしておきました。」
愛想よく接してやるだけで精一杯だ。
彼は書類の山に目をやり、「どうりで多いと思った。そんな細い腕じゃさぞかし大変だっただろう。」と言った。
ー誰のせいだと思ってるんだかー
パワハラで報告してやりたい位だ
ーまあ、前の上司の時はうまくいかなかったけどー
私はさっきのコピーの山の上から一冊の冊子を取ると、それをメイソンの前に置いた。
「それとこの冊子のこの部分、もう少し目を引きやすいように太字にしておきました。」
「確かに目をひくな。」
そう口にするメイソンの顔はまだうすら笑いを浮かべていた。
「そのボタンはわざと開けたままにしてるのか?」
彼は持っていたペンで私のブラウスを差した。
私が下を向くと、白いブラウスのボタンの隙間が大きく開いてベイビーブルーのブラジャーが覗いているのに気づいた。
しかも彼の目の前にわざとらしく立ってしまっていた。
私は慌てて背筋を伸ばし、その隙間を直した。
「見せつけてるのかと思ったよ。」
彼は椅子に座り直すと、私の体を見回しながら続けて言った。
「冗談だよ。ただの胸だろ。腐るほど見てきた。」
確かにサイズから形に至るまで色んな胸を見てきたはずだ。最近のものはきっとジェンのあの大きな胸だろう。
私は胸の上で腕を組んだ。「もう仕事がなければ帰ってもよろしいですか?」
ーお願いだから、もう帰してほしい。お願いだからー
「今日の仕事は終わりだ。無能じゃないかと思っていたんだが仕事はかなりできるようだな。」
ーここは口答えせずだまっていようー
「ではまた月曜日。」
それだけ告げると私は足早に立ち去り、自分のデスクから私物をまとめると、彼の気が変わらぬうちにいそいそとオフィスを後にした。
***
「遅れてごめん!」私はストローでジャックコークを飲むカルメンの横に座った。
イーサンはワイングラスをテーブルの向かい側から私の方に滑らせた。
「2時間も遅れるなんて、何があったの?」
「お楽しみ中のメイソン・ナイトに水を差したの。そしたら、残業の嵐よ。」
私はワイングラスを手に取り、長時間労働で消耗しきった体を至福の一杯で癒した。
「ラッキーな女ね。」とカルメンはつぶやいた。「どうしたら彼に抱いてもらえるの?」
「胸が大きければいいのよ。」と私は答えた。「でも信じて。彼は誰に対しても敬意を払わない嫌な男よ。」
「尊重し合う関係とかそういうのじゃないの。満たしてくれればそれでいいの。あーあ、彼の一糸まとわぬ姿をお目にかかりたいわ。」
カルメンはそういうと私に目配せをしてきた。
「あんたの会社のクリスマスパーティーに連れてってよ。」
「無理よ、関係者以外立ち入り禁止。」
私はグラスをテーブルに置いた。
「そもそも私、行くつもりないし。」
会社主催のクリスマスパーティーなんてアウェー感しかない。
「行った方がいいよ、ジェイミー。」イーサンが反論する。「Knight&Sonのパーティーだぞ。しかも噂だとストリッパーがポールダンスしてるし、来た人全員に札束が渡されるらしいぞ。」
「行くかどうかは来週決めるわ。」私はあきれつつそう返事した。
パーティーには興味こそないが、同僚のことを知る努力はした方がいいなと思った。
何よりもハリーには良い印象を与えたい。
もちろんメイソンにも。
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