L.S Patel
「やめよう、可愛い人。今日はもう私を十分からかっただろう?」アドニスは唸った。
「王様がこの程度のからかいにも耐えられないの?」
アドニスが目を細めて言う。「そんなこと言ってたら、君は大変なことになるぞ」
「なんとでも」私はさっと髪を後ろに振り払った。
「もういい」アドニスは私に飛びかかってきた。
えっと、何時間か前に戻って、今朝の話からしたほうがよさそうね。目覚めは素晴らしかった。全身がとても楽になり、肩の荷が下りたような感じだった。
アドニスは私の髪に顔を埋め、私の香りを吸い込んだ。
「起きたくないな」アドニスがもごもごと言う。
「私もよ。でも両親が来ているから。二人が発つ前に、何時間かでも一緒に過ごしたいわ」しぶしぶ、私はアドニスの温もりから離れて、バスルームに行って身支度を整えた。
階下に降りると、両親を含む家族がすでに座って談笑していた。ダミアン、ゲイブ、エヴァンもそこにいた。
「おはよう」私はみんなに声をかけた。
「おはよう、よく眠れた?」エヴァンがいたずらっぽく目を輝かせて尋ねてきた。
「あなたよりよく眠れたわよ。次は、あなたもちゃんと寝たほうがいいかもね」と私は冗談を言った。
エヴァンが天井に目を向け、ゲイブとダミアンは笑った。
「聞かなかったことにするよ」とサイはつぶやいた。
「愛してるわ、兄さん」私は笑った。
「アーリヤ、私たちは朝食が済んだら帰るわね」母は寂しそうに微笑んだ。
「え? 昼食が済んでからでいいじゃない?」私は言った。
「まあ、ありがとう。でも、もう戻らないと。お父さんもお兄ちゃんも、無視できない責任があるのよ」そう言って母は私を抱きしめてくれた。
私はため息をついた。「もうちょっと長くいられたらよかったのにね」
「また今度ね」母が言った。
「今度はお前たちが帰ってきなさい」父が言う。
「それは言っちゃダメ。この子は女王なのよ。私たちよりもっと大事な責任があるのよ」と母が言う。
「パパはからかっただけよ、ママ」私はにっこり笑って言った。
「女王だからって、里帰りしちゃいけないわけじゃない」とサイが割って入ってきた。
「兄さんは早く帰ってくれないかしら」私は舌を出した。
「おやおや、アーリヤ、大人になったな」サイは天井を仰いだ。
「ああ、子どもたちがこうして一緒に戻ってきた喜び」父の皮肉がライカンたちの笑いを誘った。
ゾヤは座ってコーヒーをすすりながら、目にいっぱい笑みをたたえていた。
「私は何か見逃したかな?」アドニスがシャワーを浴びて濡れた髪のまま階段を下りてきた。
ああ、あの濡れた髪に手を滑らせたい。くそっ、わざとやったに違いない。彼は私が彼の髪を好きなのを知っている。
「ごく普通の兄妹ドラマだ」とダミアンが笑いながら言った。
「君は兄さんをからかってるのか、可愛い人?」とアドニスが訊いてきた。
もちろん、彼はその意味で尋ねたのだ。たぶん昨日の復讐をしようとしているのだろう。
「ほら、お前の番いでさえ、お前が手に負えない奴だって知ってるぞ」サイが独善的な態度で言う。
「兄さんの秘密を暴いてあげましょうか?」私は腰に手を当てて尋ねた。
サイから独善的な表情が消え、彼は怯えながら私を見た。「そんなことしないよな」
「試してみる?」と私は言い返した。
父はコーヒーをひと口飲んでから、サイに言った。「サイ、大の大人じゃないか。妹をからかうのはやめなさい。お前が恥ずかしい思いをするぞ」
「父さんの可愛いお姫様か」サイはコーヒーカップに向かってつぶやいた。
ゾヤは彼の背中を叩きながら、私を見て笑った。
私はもう何も言わないことにした。そうしないと母に叱られる。母も黙って引っ込んでなどいないことを、みんな知っていた。
「ねえ、あなたは私の番いでしょ。あなたは私の味方よね」私はアドニスを睨んでから、肩をひねって彼の手を払い、両親の隣に座った。
「ああ、兄貴。番いを怒らせちゃいけないよ。それは基本的な知識だろう?」ダミアンはアドニスのほうを向いて首を振った。
アドニスにひるむ様子はなかった。それどころか、彼の目にはいたずらっ子の光が宿っていた。
私はアドニスを無視するふりをして、家族と朝食を食べた。ニヤがあくびをしながら下りてきて、男性陣はこのときとばかりにエヴァンをからかった。ニヤは私の隣に座り、コーヒーを飲み干した。
誰かさんは長い夜を過ごしたようだった。私は笑いをこらえきれなかった。ニヤが軽く私を睨みつけてきたので、私はさらに笑ってしまった。
「そろそろ行かないと」サイが立ち上がって言った。
「もう?」私は声に寂しさが含まれないようにすることはできなかった。
「ああ、ダーリン、できることならもっといたいけど、兄さんの言うとおりね。もう行かないと」母はそう言ってため息をついた。
「ええ、そうね」私の幸せな気分は消えてしまった。
家族がまた行ってしまわなければならなくなって初めて、私は自分がどれほど家族を恋しがっていたかに気づいた。時間をかけて家族のみんなと抱擁し、私も里帰りするからと約束して、車が出ていくのを見送った。
アドニスが私の手を握ろうとしてきたが、私はそれを振り払って、ニヤのところへ行った。
「悲しんでもいいのよ」ニヤが私を慰めてくれた。
「もうすでにみんなに会いたい」私はため息をついた。
アドニスが私の手を取り、自分のほうに引き寄せて抱きしめてくれた。私は彼の癖になりそうな香りを吸い込み、彼の胸に顔を埋めた。どうやら、彼に腹を立てる気持ちは長持ちしなさそうだ。
「可愛い人、今、これを伝えるのが適切なタイミングではないことはわかっている。だが、君も知っておいたほうがいいだろう。ブラッドリーは死んだ」
私はアドニスを見上げた。そこには何の感情も見えなかったが、内心傷ついているのはわかった。
「そう。私たちはもうこれ以上彼に悩まされないわね」と私は答えた。
アドニスはただ黙ってうなずき、私をもう一度その温かい腕で包んでくれた。
「ハイ」その声で、私たちは抱擁を解いた。
「ソフィア?」私はためつすがめつして、ブラッドリーにつけられた傷痕がないかを調べた。
「もう治ったわ」彼女が言う。
私が彼女のところへ行くと、彼女は私を引き寄せて抱きしめてくれた。
「ああ、よかった、どれだけ心配したことか」それ以上言葉にならず、涙がこぼれそうになった。
「うん、でも、私はあなたに怒っているのよ」と彼女が言う。
「え? どうして?」私は尋ねた。わけがわからない。
「だって、アーリヤ、あなたは私のために自分を犠牲にしようとしたでしょ? どこまでバカなの?」ソフィアは首を振った。
「私も彼女にそれはするなと言ったんだ」アドニスが割り込んでくる。
「怒るなら怒れば? 気にしないもの。ほかに選択肢はなかったし、私は女王よ。私の決断に疑問の余地はないはずよ」なんだか腹が立ってきた。
ソフィアが驚いてあとじさりし、ほかの人たちは心配そうに私を見ていた。アドニスがこちらに来てくれた。
「落ち着いて」
怒りが消え、私はため息をついた。
「ほら、この数日は長かったじゃない? 何があったにせよ、もう終わったことよ。過去は変えられない。だったら、過去の話なんてやめましょ」私は皆を見回した。
「そうね。もう済んだことを話すのはやめましょう」ニヤが私に賛成してくれた。
「私は街に行かなくちゃならないの。エヴァン、来て」ニヤはエヴァンを引っ張っていった。
「俺も行くよ、宮殿から出たいから」とダミアンが言った。
「私も行くわ」私もついていこうとした。
「ダメだ、今日は忙しいから」とアドニスが言った。
「なんで?」私は意味がわからず彼を見た。
彼はそれには答えず、私を抱いて肩の上に担ぎ上げた。
「マジで? 私を降ろして」と私は唸った。
「みんな、楽しんできて。番いと私はこれから長い話し合いをしなくちゃならない」どことなく彼の声はにやけていた。
アドニスが私を部屋に連れ戻すあいだ、みんなの笑い声が聞こえていた。
「くたばれ」私は彼を罵った。
「その口」と言ってから、アドニスは私のお尻を叩いた。
「やめてよ」
「なぜだ? 君に火をつけるからか?」
私はぴしゃりと言い返した。「違うわ。とにかくやめて」
嘘だ。やめてほしいのはもちろん、それが理由。とにかく、アドニスにはそれがわかっていたのだろう。
アドニスは私をベッドにドサッと降ろしたが、私は彼に一瞬の隙も与えず跳ね起きた。アドレナリンが全身を駆けめぐる。
アドニスは私を見てニヒルな笑いを浮かべ、舌なめずりをした。ああ、その唇にキスしたい。
「追いかけてやろうか?」
私はアドニスのところへ行って、彼の顔に軽くキスをした。でも、唇には触れなかった。アドニスは唸って、私の腰にきつく腕を回してきた。
「ダメ。あなたに捕まえてほしいの」私はアドニスの耳元で囁いた。
彼がその答えを予想していなかったのは明らかだった。一瞬、彼の腕が緩み、私はその隙に彼の腕の下を潜り抜けて、部屋を飛び出した。
今度は宮殿を走り抜けてから外に出た。
アドニスがひと声唸り、私の体毛は逆立った。私のライカンも私もゾクゾクした。
私は陽気に笑いながら戸外を走り回り、木にぶら下がった。アドニスが私の横をまっすぐ通り過ぎていく。私は数秒待ってから静かに飛び降り、宮殿に戻った。
実を言うと、私はただ思いつくままに行動していた。何の計画もなかったけれど、それがよかったことがわかった。
そのまま部屋に戻り、ワードローブに直行して、探していたランジェリーを見つけた。
急いでそれを身につけた。おへその上まで切れ込んでいる深い胸あきがセクシーな黒のスリップで、レースのディテールが見事だった。
それにシルクのローブを合わせ、髪を指でなぞって整えた。
庭のほうからアドニスの咆哮が聞こえた。そのときまた、面白いアイデアを思いついた。
バルコニーに出てみると、思ったとおり、アドニスは大きく息をつきながらそこに立っていた。彼のライカンは匂いで私の居場所を突き止めたようだ。
「アドニス」私は呼んだ。
彼の視線がさっとこちらを向き、私と目が合った。私はゆっくりとシルクのローブを脱いで、彼の顔を見ながらローブを床に落とした。
「気に入った?」と笑みを浮かべて問いかける。
アドニスは唸り声を上げてから、中に駆け込んできた。興奮の波が体を駆けめぐる。彼の叫び声が聞こえた。「私のフロアには誰も入ってはならん。誰もだ」
私はいつでも飛び降りられる感じに見せるため、バルコニーのそばに陣取った。
アドニスが勢いよくドアを開けた。目と目が合い、その瞬間、二人の目に欲望が充満した。
「どうしたの? 王様が私を見つけられなかったって?」私は笑った。
「おいで、可愛い人」アドニスが私から目を離さず、私を呼んだ。
「うーん……嫌。ここがいいの。みんなに私の着衣を見てもらおうと思って」私は冗談を言った。
「こっちに来い」アドニスが同じことを、さらに大きな声で言った。
「またキャッチボールしない?」私の目が、いたずらっ子のように輝く。
「嫌だ。今すぐ君が欲しい」
「ねえ、また遊びたい」
「やめよう、可愛い人。今日はもう私を十分からかっただろう?」アドニスは唸った。
「王様がこの程度のからかいにも耐えられないの?」
アドニスが目を細めて言う。「そんなこと言ってたら、君は大変なことになるぞ」
「なんとでも」私はさっと髪を後ろに振り払った。
「もういい」アドニスは私に飛びかかってきた。
こうして私はこの状況に陥った。後悔はしていない。1ミクロンも。